社会の中で、働くということ。駄文
仕事をしていく上での心構えなんて、
何にもないだろ。
望まれていることを認識し、
望まれていること以上の結果を出す。
それだけだと、思うんだけど。
単純に、自己認識と他者論理を
いかに早く掴んで、動くだけだろう。
できなければ、学べばいいし
できるなら、さらなる先を求めたらいい。
誰も最初から全てができるわけじゃないし、逆に言えば上に立つ人も上に立つことが上手なわけない。だって人だから。
お金を稼ぐのは楽じゃないけど、
お金を払っていく学校よりかは、
幾らか先に繋がる。
誰彼もが、学校に行って
自分の行く先を明確に決めれるわけでもないし、たかが何年かの間で社会的スキルを手にできるわけもない。
学びながら、お金を稼ぐ。
それだけ。
社会や、うん、ましてや会社は貴方の伸び率に投資するわけで僕等は働き学びながら答えていく。
もっとお金が欲しけりゃ、適応できるように努力すればいいし、できなけりゃ投資額に見合った答えを寄越せとなじられるだろう。でも、そりゃ、普通のことだ。
無償の投資をしたはずの親も、将来的にはリターンを求めるし、人は皆、様々な経験を積んで行くと予想する。
最初から、自分のキャパシティに見合った仕事なんて選びきれないし、だからこそ職業選択の自由がある。
合う合わないはそういうことだろう。
とりあえず、真摯であること。
努力を惜しまないこと。
焦らないこと、めげないこと。
それぐらいじゃないのかな。
どんなに社会的に良いと言われる会社でも、合わない人がいれば合わなくなるし
ブラックであろうと、合う人がいれば学ぶことは多いし。
短的には判断が難しい。
ましてや、第三者には。
だから、本人がしっかり毎日悩めばいいし、答えが出るまでぶつかればいい。
辞めることは逃げ道ではないし、
続けていくことだけが偉いことでもない。
ただ、自分の根幹にある仕事に対する幹を早くきっちり掴んで枝葉との判断をすればいい。軸をぶれないようにして、自由に立ち回ればいい。
一歩引いて冷静に、求められるものがなんなのか考えて。
例えば、この人何でこんなに怒るのかなぁとか、褒めるのかなぁとか。
社会がより早く結果を求める今だからこそ、過程を伴う結果をだせるよう努力する。
学生とは違い、社会は過程を求めない。
判断は結果だけだ。でも、次に繋がるようにするには過程こそ必要だ。今の中間管理職は過程を流してきてるんだなー、とか上手に捉えればいい。
楽しいもんだよ、社会人は。
いかに流れを掴んで泳ぐかだろう。
泳ぎ方はその人、その時、その周囲によるから落ち着いて見極めよう。
どうやったって、やったこと以上のことは起こらない。だからこそ、キチッとやる。
そんだけだと、思うんだけどな。
ちょっと飛躍しすぎかなぁ。